☆西浜さんのプロフィール☆
1944年生。1989年12月受洗。
2005年3月琉球大学大学院修士課程修了。
2009年3月大阪市立大学大学院博士課程単位取得退学。
現在、大阪市大人権問題研究センター会員ならびに共生社会研究会所属。
日本キリスト教団大阪教区沖縄交流・連帯委員会委員長


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第89 号(2011年4月)

 東日本大震災で被災されたすべてのみなさまにお見舞い申し上げます。

 さて、この『沖縄通信』は1月に88号を発行してから2カ月ブランクになりました。この間、投稿論文に時間を費やしていましたが、鳩山の「方便」発言、メアの「沖縄差別」発言と、あれよあれよという間にとても大きな出来事が立て続けに起こりました。そうして、3月11日(金)の大震災です。今日まで足が地に着かない状態が続いています。
 そんな事情から、今号で取り上げたのは1月22日(土)の屋良朝博講演会と2月15日(火)の民主党への抗議・申し入れ行動です。やや旧聞に属するかも知れませんが、テーマとしては色あせていないので掲載します。お読みください。

◆ 目次 ◆

1.屋良朝博講演会 「普天間問題の真相ー抑止力とはー」

 
2.民主党への抗議・申し入れ



1.屋良朝博講演会 「普天間問題の真相ー抑止力とはー」

 1月22日(土)、「沖縄平和ネットワーク関西の会」主催の学習会『普天間問題の真相−抑止力とは−』が、 屋良朝博・沖縄タイムス論説兼編集委員を講師に招いて開かれました。
 屋良朝博さんは1962年沖縄生まれ。フィリピン国立大学経済学部卒、1988年 沖縄タイムス社入社。1 993〜96年 政経部基地担当、1997〜98年 東京支社で防衛庁や官邸、国会などを担当。2007〜0 8年 ハワイ東西センター客員研究員。2009年より現職、という経歴です。著書『砂上の同盟 米軍再編が明 かすウソ』(沖縄タイムス社)は、一読の価値があります。


屋良朝博さん

当日の講演レジメは以下の通りです。
1.世界一危険な普天間飛行場
   公共施設に囲まれた軍事飛行場
2.太平洋地域の沖縄配備
   アジア太平洋での米軍前方展開兵力は約10万人。そのおよそ半数を受け入れる日本。そして圧倒的な沖縄 の基地負担。
3.「同盟=基地提供=沖縄」という幻想
   普天間って何? どんな軍用機があって、どれほどの機能があるの?
   沖縄海兵隊の配備と役割とは?
4.21世紀の海兵隊プレゼンス
   重視される民生支援活動。軍事からソフトパワーへ。沖縄にずっと駐留し、沖縄を護ってくれるという思い こみ。
 屋良さんはパワーポイントを使いながら、概ね次のように話されました。


パワーポイント・米軍基地

 先の知事選で仲井真知事が県内移設反対に政治姿勢を変えたので、辺野古の新基地建設はますます難しくなってい る。仮に知事がイエスと言っても名護市長がノーと言っているので埋め立て事業は成立しない。それを日米両政府は あたかも出来るような口ぶりで「辺野古」と言っているが、多分双方とも「これは難しいぞ」と思いつつ、現状を何 らかの形で取り繕わねばならないということではないかと思う。恐らく解決するという意思はそこにはないのではな いか。
 沖縄にいるのは海兵隊で、その海兵隊を何処かへどかしたいと思っていても相手のことがよく分からないから、ど かせても良いものなのかと言う議論になってくると、「抑止力」とか「地理的優位性」とかという曖昧な言葉が使わ れてしまう。だから問題解決は難しく、恐らく日本政府には解決能力はないだろうし、分析したこともないだろう。


クイズ(質問)

 米軍基地のほとんどは沖縄島に集中しているが、さて、沖縄島の面積は次のどれが正しいか?A琵琶湖の約2倍  B滋賀県と同じ C四国と同じ。
 正解は、A琵琶湖の約2倍である。


クイズ(回答)

 沖縄島の面積は1,208平方キロメートルで、670平方キロメートルの琵琶湖の約2倍、4,017平方キロ メートルの滋賀県の約4分の1である。そして沖縄県の面積は全国の0.6%、人口は1%を占めるに過ぎない小さ な島である。


沖縄の米軍基地はギネス級

 普天間基地の周りには、沖縄国際大学、普天間高校、普天間中学、宜野湾中学、嘉数中学、宜野湾小学校、大山小 学校、大謝名小学校、長田小学校、中城小学校分校、マージー幼稚園、シオン幼稚園など学校や病院がひしめいてい る。赤丸を付けたところだ。こんな所に基地があるのは普天間だけで、これが世界一危険な基地と言われる所以であ る。


アジア太平洋兵力(2002)

 視野をアジア太平洋地域に広げて見る(2003年からイラク戦争が始まり兵力に変動が起こるので2002年の 統計を使っている)。この地域におけるアメリカの兵力総数は96,289名、その内日本には約半分の41,62 6名、この内訳は本土16,126名、沖縄25,500名である。あとは韓国38,725名、洋上15,207 名。その他としてオーストラリア177名、フィリピン126名、タイ105名、シンガポール165名。だから沖 縄は兵力総数の4分の1強を占めている。


沖縄にアジア全体の4分の1が集中

 米軍が駐留するアジア5ヶ国の総面積中の0.025%の沖縄という島に、兵力でいえばアジア・太平洋地域に展 開する米軍の26.5%の25,500名が集中している。イメージでいえば、5,000台のトラックがあって、 その内の沖縄の1台に米軍兵力の4分の1を運ばさせているということだ。これだけ集中しているのは、世界で恐ら く沖縄だけだろう。


米軍兵力と基地面積比

 では、沖縄に米軍のどんな部隊がいるのか?兵力比では、海兵隊61%、空軍26%、海軍8%、陸軍4%だ。面 積比は海兵隊が75%を占めているから、沖縄の基地問題とは結局、海兵隊の問題のことである。


海兵隊はどこから来たか?

 その海兵隊はどこから来たのか?海兵隊は沖縄に来る前に岐阜と山梨に駐留していた。伊丹と八尾にも分散配備さ れていた。1950年に朝鮮戦争が起こり、日本にいた米陸軍が朝鮮半島に行った。そうすると日本が空いてしまう。 そこで、戦略的後方支援部隊として、1953年の8月に海兵隊が岐阜と山梨に配備された。ところが2年少し居た だけで、1956年2月には沖縄に移る。なぜ沖縄に来たのかはまったく分かっていない。


1950年代のヤマトゥでの反基地闘争

 一方、この時期、日本では1952〜3年、石川県内灘闘争、1953年、長野県浅間山演習場闘争、1955年 、群馬県妙義山闘争、1954〜6年、東京立川闘争というように、多くの反基地闘争が闘われた。そしてほぼ全部 住民が勝利した。基地を造らせていない。本土では基地を置けない状況となった。多分そんな理由で海兵隊が沖縄に 来たのかなぁと思っている。


海兵隊の太平洋プレゼンス

 「海兵隊は抑止力」というが、海兵隊は固定的な駐留ではなくて、6ヵ月ローテンションで移動している。このス ライドは太平洋司令部のHPから無断拝借したもので、将来の海兵隊の太平洋プレゼンスを示したものだ。米軍再編 で司令部と補給部隊はグアムへ行く。戦闘部隊は沖縄に来て、少し訓練をしてから司令部と合流するためにグアムへ 行く。司令部と合流しないと彼らは動けないから。
 今、グアムの隣のマリアナで上陸できる訓練場を整備している。日本政府が莫大なおカネを使って作る兵舎で彼ら は休んで、それから韓国、フィリピン、タイ、オーストラリアなどの同盟国へ行って、合同演習をしたり民生安定活 動などをする。
 このように、海兵隊は沖縄に常時居ないのが実態である。


普天間配備のヘリコプター

 仮に海兵隊がずっと沖縄に居たとして、いざという時沖縄から飛び出すためにはヘリコプターが必要となる。ヘリ コプターがどれだけの能力を持っているかが、イコール海兵隊の能力となる。海兵隊がいくら沖縄に5万人、10万 人居たとしてもヘリコプターがないと沖縄に釘づけになってしまう。動かなければならない。
 動くためにいるのは、普天間配備のCH46という中型ヘリが23機、CH53という大型ヘリ−これは沖縄国際 大学に墜落したものと同型−が4機、合計27機で、輸送人員は“最大”で約700人だ。装備を付けて乗るとこの 半分以下となる。この人数で中国とか北朝鮮の脅威とか、なぜ語れるのだろう。
 このようにヘリコプターでは多くを運べない。だから船が必要となる。その船はどこにあるのか?海兵隊を運ぶ海 軍艦船は、長崎県佐世保基地に配備されている。朝鮮半島で異変が生じた時、佐世保の強襲揚陸艦隊は沖縄へ向かい、 海兵隊員と物資を載せて、再北上する。これは合理的なのか?


ペリー米国防長官談

 アメリカ政府は、当然基地はどこでもいいと言っている。1995年9月に少女暴行事件が起きた。その翌月、ペ リー国防長官はテレビのインタビューで「沖縄の兵力調整については、日本政府からいかなる提案があっても考慮す る」と述べ、沖縄に駐留する米軍を削減することも可能だと説明している。
 その発言をジョセフ・ナイ国防次官補が補足した。「在日米軍を削減しないことを前提に、沖縄米軍基地の本土移 転を含め沖縄の負担軽減策を日本政府と話し合う」とし、基地縮小ではなく移転を軸に対応する考えを表明した。要 するに米側は在日米軍の総兵力を減らさないという前提で、兵力を沖縄から本土へ移すことは可能であり、日本政府 が求めるなら交渉に応じる、という考えだった。
 ところが、外務省は検討すらせずに、「日本政府は基地縮小を求めるつもりはない」と間髪を入れずに表明した。 日本が縮小を求めると、米側の反発を招きかねない、と懸念したものとみられると1995年10月24日朝刊で、 朝日新聞は報じた。


外務省幹部談

 防衛省の天皇と言われた守屋武昌元防衛事務次官は、2010年9月21日に収監されるが、その8日前になぜ海 兵隊は沖縄に配備されているのかについて、インタビューした。その録音は次の通り。
屋良 なぜ沖縄に海兵隊が?
守屋氏 インド洋から太平洋にかけての広い範囲であらゆる種類の任務を帯びている。彼らが任務を果たすには沖縄 しかない。
屋良 でも沖縄には部隊をはこぶ運送手段はないですよ。海軍の輸送船は長崎県佐世保を母港としている。
守屋氏 いっぺんに全ての部隊を投入するのではない。空軍の大型輸送機C5ギャラクシーでヘリコプターなども載 せて、必要な部隊を派遣できる体制だ。
屋良 米空軍はC5ギャラクシーを沖縄に配備していません。
守屋氏 持ってくればいいでしょって。
屋良 米本国から持ってくるのですね。
守屋氏 そうだよ。
屋良 米輸送機が太平洋を横断してきて海兵隊員をピックアップするなら、沖縄であろうと九州であろうと即応時間 に大きな時間差は生じないはずです。海兵隊駐留を沖縄に限定する理由が理解できない。
守屋氏 だから、時間というよりも地上部隊を投入するには時間がかかるということですよ。
 インタビューはこのように堂々巡りだった。空っぽの大型輸送機を沖縄に向かわせるよりも、本国の隊員を搭乗さ せて直接任務地へ投入したほうがよほど合理的なのだ。


鳩山首相は知っていた

 鳩山さんも知っていたと思う。昨年5月28日の日米共同発表で、やはり辺野古だネとなるのだが、その前日の5 月27日、全国知事会で「海兵隊全部隊を本土へ移転するのは可能だ」と発言している。しかし、「現実問題として は無理」だと。海兵隊のさまざまな機能をパーツ、パーツで動かすと海兵隊は機能不全になるのだけれど、それを一 体的にワン・パッケージで移すことは可能だということを鳩山さんは分かっているのですネ。現実問題とは何かとい えば、受け入れる所がないということだ。だから「抑止力」とか「地理的優位性」などというのは後付けの理由だ。
 屋良さんは、おおよそこのように話されました。


2.民主党への抗議・申し入れ

 「辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動」は、2月15日(火)、近畿中部防衛局に第9次分の署名4,85 2筆(累計47,241筆)を提出しました。


署名を提出する松本亜季代表

 その行動に続いて、民主党に対する抗議・要請行動を行いました。以下の「抗議・要請書」はぼくが作成したもの です。


民主党への抗議・要請行動

抗議・要請書

 2009年11月10日と2010年4月26日の二回、「要請書」を提出した私たち「辺野古に基地を絶対つく らせない大阪行動」は、貴職に対して素直に日頃のご活躍に敬意を表します、とはもう言うことができません。
 何故なら、昨年5月28日の日米共同発表以降の貴党のあまりの変質ぶりを看過することができないからです。
 「辺野古」と明記した日米合意を結んで辞任するという手法は、1997年12月24日、時の比嘉鉄也・名護市 長が市民投票結果を覆し、海上ヘリ基地を受け入れ辞職したことと何と似通っていることでしょう。昨年5月28日 の日米合意以降、民主党政府は180度スタンスを変えたと言わざるを得ません。
 鳩山前政権を引き継いだ菅首相は、2010年12月17〜18日、沖縄を訪問し「辺野古はベストではないが、 ベターな選択だ」と、自公政権時代に耳にタコができるほど聞かされてきた化石の用語をまたぞろ引っぱり出し、沖 縄の民衆に襲いかかりました。それに対し、昨年11月28日の知事選挙で、県外移設を公約に再選を果たした仲井 真・沖縄県知事は「勘違いをしている。県内はすべてバットだ」と切り返しました。
 当選から1年をむかえた稲嶺 進・名護市長は、現在の政府の対応について「自公政権の時と変わらず、それ以上に 悪くなったといわれる状況が続いている。県民が許すはずがない」(1月18日)と述べていますが、私たちが大き な期待を持って迎えたあの政権交代とは、一体全体何だったのでしょうか。


近畿中部防衛局との交渉

 政治(国政・県政)は武力を闘わすのではなく言論を闘わせて、よりよい方向を見いだしていくものだとすれば、 貴党はなぜ昨年7月11日の参議院沖縄選挙区選挙と11月28日の知事選挙で、「辺野古はベストではないが、ベ ターな選択だ」とのマニフェストを掲げ、公認候補を擁立して闘わなかったのですか?知事選挙で独自候補、推薦候 補を提示できないのであれば、辺野古基地建設を掲げた幸福実現党をどうして支持しなかったのですか。その知事選 挙の結果は、県外移設を掲げた仲井真氏335,708票、伊波氏297,082票に対し、幸福実現党の金城氏は 13,116票と、有効投票の97.97%までが県外移設を求めたものでした。
 こうした沖縄の意思を、最も公平だと思われる選挙で問うことなく無視をして、ヤマトゥの多数票を押し付けるや り方は正しく宗主国の政治手法と言わざるを得ません。
 その後も、貴党の大臣たちの発言はあくまでも軽く、かつ唖然とする中味が続きます。普天間基地について「代替 地を決めるまで使用され続ける」と、昨年12月21日に訪沖した前原外相は発言しましたが、その彼は安全保障ネ クスト大臣であった2003年12月2日、宜野湾市主催の『普天間基地問題シンポジウム』で「民主党が政権を取 れば普天間の返還に取り組む」と、宜野湾市民800人の前で表明しました。正反対のことを言っても「情況が変わ ったからだ」という一言で合理化されるのなら、私たちは政治家のどういう発言を信頼すればいいのでしょうか。
 また、菅首相は今年の年頭会見で、沖縄の基地について「不条理という言葉で言い尽くせるか分からないが、その 一つだ」と述べたにもかかわらず、日米合意を踏まえると言います。つまり、「不条理だけれども甘受せよ!」と言 っているのです。そのご本人は、1月5日の連合「新年交歓会」で、今年の抱負として「不条理を正す政治」と言っ てのけるのです。鳩山前首相も沖縄の新聞のインタビューで、「抑止力は辺野古回帰のための方便だった」と明かし ました。
 昨年12月24日、防衛省は2009、2010年度分の米軍再編交付金17億円を、名護市へ交付するのを取り やめると通知しましたが、北澤防衛大臣は「反対しているのだから、交付金が降りないことは覚悟の上だろう」と述 べました。貴党は名護市長選挙で、この稲嶺 進氏を推薦したのではありませんか。


近畿中部防衛局前にて。前列左から2人目が筆者

 菅首相の訪沖後、「辺野古は無理だ」とアメリカに交渉に行くのではなく、前述した12月21日に前原外相、1 月10日に岡田・貴党幹事長、同月11〜12日に馬渕沖縄担当相(当時)、同月19〜20日に北澤防衛相、同月 21〜22日に枝野沖縄担当相と、お歴々の沖縄詣でが続きました。辺野古への「移設」をお願いするためです。で あるにもかかわらず、仲井真知事とは面談するものの誰一人として辺野古を抱える稲嶺・名護市長と会おうとはしな かったのです。前原外相に至っては、沖縄担当相当時の2010年5月19日と8月17日に、都内で容認派の島袋 ・前名護市長とは密会しているのです。
 「自分がやらないこと、嫌なことを、無理矢理、よそに押し付けるのは、植民地主義である」と『沖縄タイムス』 社説(2010年12月23日付)は断言しています。
 更に、2月8日、軍転協(県軍用地転用促進・基地問題協議会=会長・仲井真知事)の一員として県外移設の要請 のため上京した稲嶺・名護市長が、辺野古での環境影響評価(アセスメント)までは済んだのだから相当分の米軍再 編交付金を交付するべきだと主張したのに対して、北澤大臣は「そういう考え方は初めて聞いた」と突き放す始末で す。そして、思いやり予算を5年間据え置き、「思いやり予算」という言い方も良くないと、前原外相は恫喝するの です。
 嗚呼、何というこの堕落!この腐敗!貴党は、それでも政権にすがりつくのですか、何のために?
 貴党が普天間閉鎖、辺野古断念との政策を選択しない限り、私たちは貴党に何ものも期待せず、逆に断罪し続ける ことでしょう。


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