☆西浜さんのプロフィール☆
1944年生。1989年12月受洗。
2005年3月琉球大学大学院修士課程修了。
2009年3月大阪市立大学大学院博士課程単位取得退学。
現在、大阪市大人権問題研究センター会員ならびに共生社会研究会所属。
日本キリスト教団大阪教区沖縄交流・連帯委員会委員長


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第95 号(2013年1月)

 『沖縄通信』の前号94号を発信したのは2012年9月ですので、すでに4ヶ月前のこととなります。
 今回の『沖縄通信』も前号同様に書き下ろし原稿ではなく、「辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動」や『関西・沖縄戦を 考える会会報』に書いた原稿を元に加筆・修正したものです。
1.2013年、沖縄と向き合う。
 2013年を迎え、1月1日付の『沖縄タイムス』を見てぼくは“ドキッ” としました。「『日本』への告発状」と題する連 載が始まったのです。サブタイトルは「基地問題の実相」で、第1部が「超えた臨界点」とありますから、第2部までは最低続く のでしょう。この“日本”はカッコ付きです。沖縄は今、日本の版図にとりあえず組み込まれているが、ここで言う“日本”とは 沖縄以外の日本、すなわちヤマトゥのことであるとのシグナルでしょう。
 新企画の編集方針は、「怒りの現場を起点に、国が強調する抑止力や『基地依存経済』の虚実を明らかにし、過重負担の正体を 問う。第1部は、前代未聞の直接行動に踏み出した県民の姿を描き、歴史的な『普天間封鎖』の意義に迫る。首長や議会も『なぜ 沖縄だけに』と反対姿勢を強め、『オール沖縄』で結束する中、『政府+本土世論』との間で深まる溝を考える」とあります。
 告発状とは“犯罪を告発するため捜査機関に差し出す書面”の意味です。本論の大意からやや横道にそれますが、法律用語に「 告訴」と「告発」があります。「告訴」とは、犯罪によって被害をうけた者が、訴えようとする相手がどのような犯罪を犯したの かという犯罪事実と、その相手を処罰してもらいたいという意思を警察や検察庁に申し出ることです。一方、「告発」とは、告訴 をすることが出来る者が、警察や検察庁に対して、相手がどのような犯罪を犯したのかという犯罪事実と、その相手を処罰しても らいたいという意思を申し出ることです。分かり易く言えば、告訴は当事者のみが、告発は第三者でもできる手続きです。
 という点から、沖縄に基地を押し付けている私たちヤマトンチュが犯罪を犯しているから処罰してもらいたいと、沖縄(ウチナ ー)から訴えられているのだということです。


写真@ 2012年6月8日 関西・沖縄戦を考える会が発足した。

 昨年12月18日、国は辺野古基地建設に関わる環境影響評価(アセスメント)の補正評価書を沖縄県に提出しました。公告・ 縦覧は1月下旬に終了します。政府内では安倍首相が訪米する前の2月に、辺野古沿岸埋め立ての申請も念頭に提出時期を検討し ています。
 この時に際し、辺野古から発信続けている『辺野古浜通信』は、「今年は、沖縄県全議会の反対を押し切ってでも、『理解』を 沖縄に押しつけ、強要し続ける日本政府との決別を、県民が意識し決断しなければならない一年となるかもしれません」(1月1 日付)と記述しています。“日本政府との決別”は赤字での表記です。


写真A 2012年7月23日 船内に12機のオスプレイを積んだグリーンリッジ

 1月28日(月)には、沖縄にある41すべての市町村長と市町村議会議長、そしてすべての県議会議員48名ら130名の 要請団が、オスプレイ配備の撤回を求めて総理に再び就任した安倍首相と対面する「大衆面談」に臨みます。そこで『建白書』 を手渡します。要請先は、首相のほか、官房長官、外務大臣、防衛大臣、沖縄担当大臣、衆参両院議長、駐日米国大使です。施 政権移管後最大規模の行動です。
 この行動は、当初2012年12月16日、17日に予定されていましたが、衆議院解散、総選挙となったので変更されたも のです。この間、政府は野田・民主党政権から安倍・自民党政権に変わりましたが、沖縄の意志は微動だにしません。
 前日の1月27日(土)は、午後3時から、日比谷野外音楽堂で5千人規模の東京集会を開催し、集会後、JR東京駅八重洲 口に向けて約2キロをパレードします。
 沖縄の弁護士・池宮城紀夫氏は1月14日付『毎日新聞』に、「普天間飛行場移設問題と…オスプレイの強行配備などは、沖 縄県内に封じ込めておくささいな問題ではない。…にもかかわらず、在京大手メディアは、事の本質に迫る報道姿勢に欠けてい る」と警笛を打ち鳴らしています。ここで言われている“在京大手メディア”とはすなわちヤマトゥのメディア、私たちヤマト ンチュを含めて、その立ち位置を問うているのです。


写真B 2012年7月23日 デモ行進する筆者

2.オスプレイの配備を許さない。ウチナーンチュに続き、ヤマトゥが起つ時。
@ またしても沖縄を置き去りにするのか?
 2012年10月1日(月)、沖縄のほとんどすべての民衆(ウチナーンチュ)の反対の意思を踏みにじって、オスプレイが 12機、世界一危険と言われる普天間基地に強行配備されました。7月23日(月)にオスプレイが、山口県の岩国に飛来して から沖縄に配備されるまでの約70日間は、本土(ヤマトゥ)のマスメディアも取り上げていましたが、その後は何事もなかっ たかのようにメディアの話題から消えていきました。


写真C 2012年10月9日 島田善次さんの講演会

 3・11を経験して以降、私たちの多くが福島(東北)と沖縄は同じ“犠牲のシステム”にあるのだということに気付きまし た。すなわち、自分の地域に持って来るのはご免被るがその恩恵は受けたいという思い(エゴ)から、辺境と呼ばれる地域に原 発や米軍基地を押し付けてきたという、そうした構造です。ところが、先の衆議院選挙では原発について語られても、オスプレ イ配備や辺野古新基地建設に関する政策論議はまったくと言ってよいほどありませんでした。雨後のたけのこのように出来た新 党も含めて10を超える政党の内、4つほどの政党党首が公示日当日、第一声を福島で発したにもかかわらず、沖縄はまたして も置き去りです。そもそも政治家と呼ばれる人たちがこのような形で福島入りすることを被災者たちは望んでいたのでしょうか ?


写真D 2012年11月17日 第3回基地のない沖縄をめざす宗教者の集いシンポジウム

A 沖縄の民衆(ウチナーンチュ)は普天間基地の全ゲートを封鎖した。
 オスプレイが強行配備された以降も沖縄では、配備撤回に向けて普天間基地ゲート前での抗議行動が連日おこなわれています 。日本政府、とりわけ前の防衛大臣・森本は強行配備さえしてしまえば、反対する者たちに“何をしても無駄なのだ”との無力 感を与えることが出来ると、たかを括っていたのでしょう。むぬかちゃー(ライター)の知念ウシさんはこれを「無力感攻撃」 と名付けています。
 この森本は、防衛大臣の任にある最後の日の12月25日(火)に、普天間飛行場の名護市辺野古への移設について、「(移 設先は)軍事的には沖縄でなくていいが、政治的には沖縄が最適な地域」と発言しました。2012年6月の就任会見でも、沖 縄への海兵隊駐留を「軍事的合理性はない」としつつ、辺野古移設を「(県外に受け入れ先がない)現実の政治環境で日米両政 府が到達した結論」と述べていました。抑止力も地政学上もまったく関係がないと公言する、この沖縄に対する赤裸々な宗主国 の態度を見てください。


写真E 2012年11月25日 山城博治さんが講演で奈良に来られた。

 森本のこんな「無力感攻撃」をものともせず、沖縄のちからはとどまりません。10月1日(月)の強行配備を前にした9月 27日(木)から30日(日)の4日間、沖縄の民衆(ウチナーンチュ)は普天間基地を封鎖したのでした。「沖縄にとって… は、日本『復帰』から40年というメルクマールの年…に日米両政府はオスプレイ強行配備という所業を刻み、沖縄の民衆は非 暴力直接行動で『普天間基地』全ゲート封鎖という行為を刻んだ」(宮城康博 『普天間を封鎖した4日間』)と。「戦後の米 軍統治から現在にいたるまで、住民の力で基地を『籠城』に近い形に追い込んだのはおそらくこれが初めてのことでしょう」「 住民が基地ゲートを実効支配し、米軍を缶詰にしました。多くの人が何かを感じたと思います。沖縄に住む人びとが自らその存 在を証明できたからです」「あの4日間の出来事は今後、沖縄基地問題の歴史を語るときに必ず思い出されるでしょう」(屋良 朝博 『前掲書』)。
 この非暴力直接行動の中から、実に多くの民衆の絆が誕生しています。65歳以上の高齢者が集まって「命どぅ宝・さらばん じの会」が出来ました。“さらばんじ”とは“今真っ盛り”という意味です。「ウーマクカマデーの会」も出来ました。“ウー マク”とは“わんぱく”、“カマデー”はこどもの名前です。また「オキュパイ普天間」というグループも出来ました。そして、 「普天間完全封鎖を沖縄世論が後押しした」(屋良朝博 『前掲書』)のです。


写真F 2012年12月23日 大阪の沖縄連帯集会に山本太郎さんが参加。

B ウチナーンチュ同士を争わせてはならない。
 それに対し、ゲートの封鎖をさせまいとする側は、基地のフェンスの中で米軍が警戒し、ゲートの前列に基地警備員が立ち、 その後ろに沖縄県警の警察隊と海兵隊の憲兵が固めています。基地警備員も警察隊も同じ沖縄人(ウチナーンチュ)です。彼ら もまた米軍のために使われているのです。これこそ赤裸々な植民地の統治形態ではないですか?普天間ゲート前で、いとこ同士 が座り込み側と機動隊側に分かれて対峙していたこともあったといいます。ウチナーンチュ同士を争わせてはなりません。こう した事態は私たち日本人、本土の人間(ヤマトンチュ)が作り出しているのです。
 さて、オスプレイの本格的な訓練を全国規模で開始しようと、今、計画されています。この事態を前にして、すわ一大事「本 土の沖縄化だ!」と呼ばないでください。この発想は「自分のところ、本土では飛ぶな!沖縄だけで飛べ!」と言うことと同義 語だからです。私たちヤマトンチュは、これ以上の重荷を沖縄に背負わせてはなりません。
 以上を踏まえて、大阪教区沖縄交流・連帯委員会からのアピールです。沖縄交流・連帯委員会はオスプレイ配備反対の取り組 みに学び、私たちの課題とするため、2月26日(火)に沖縄平和運動センター事務局長の山城博治さんを招いて、講演会「沖 縄の怒りが普天間基地を封鎖した」を開きます。午後6時30分より、会場は東梅田教会です。普天間、高江、辺野古、いつも 最先頭に立ってこられた山城博治さんのお話を聞くために、多数のみなさまが参集くださるよう心から呼びかけます。



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